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Lucy の 夏休み
朝夕は、涼しくなりました

もう9月も半ばですものね

千葉の台風の被害に遭われた皆様に、心からお見舞い申し上げます


Lucy には、夏休みという夏休みはなかったのですが

お盆休みには、お墓参りのついでにぶらりと、もう少し先まで足を伸ばしました

池田記念墓地公園 父の眠る墓地公園です


お参りした後、東かがわ市にある和三盆の有名なお店に

東かがわ市 粋なおもてなしをしてくださいます

帰り道、ちょっと寄り道をして、讃州井筒屋敷へ

江戸時代より醤油と酒造りを行っていた商家をリニューアルした観光施設で

建物は江戸後期から明治期に建築されたもので、往時の趣をそのままに残しています

東かがわ市 お庭を見ながらお屋敷で一休み

東かがわ市 どこか懐かしさが残る通りです

東かがわ市 この辺りは、お醤油の香りがします


帰りに、丸亀市の骨付鳥「一鶴」で夕食を・・・一度、食べてみたかった!

坂出 一鶴 行列に並ばなくても席に着けた

坂出 一鶴 店内満席、ソウルフードだそうです

なかなか、美味しいじゃん Lucy は、飲まないのだけど、ビールによく合うでしょね


ほっこりと一息付けた短い夏休みでした

最近、大正生まれの母が、少~し壊れてきました


最後まで読んでくださりありがとうございました 

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[2019/09/17 21:07] | Lucy | トラックバック(0) | コメント(1) |
Brianna の 夏休み
9月になりました

朝夕は、ずいぶん涼しくなりましたね

Lucy のお家に、仙人草が咲いています

仙人草 花弁は4枚の真っ白なお花です

今年の夏も、とっても暑くて、雨の日が多かったので ブリアナは・・・

Brianna ぐで~とつまらなそうに寝たり

Brianna どべ~と寝ることが多かったのです

お散歩に出かけると、

Brianna 散歩道 夕方でも暑くて、はぁはぁしてるけど

Brianna 散歩道 とっても嬉し楽しそうでした

Brianna 散歩道 爪の音がするので、爪切りしました

世界柔道観戦 一緒に世界柔道の応援をしました

8月は、K9JAPANも夏休みでしたが、9月になり新学期が始まりました

K9Japan 今治 久しぶりにクラスメートと再会

K9Japan 今治 シットステイしたり

K9Japan 今治 ダウンステイしたり、

K9Japan 今治 休憩中は、お友達とおしゃべり?したり

K9Japan 今治 ここに来ると目が輝いています

まだまだ暑い日が続いたり、台風のシーズンですが

楽しい毎日を過ごしたいと思います


季節の変わり目、みなさんもご自愛くださいね

最後まで読んでくださりありがとうございました 


[2019/09/03 20:53] | Brianna | トラックバック(0) | コメント(0) |
Happy Birthday ‼ Brianna Gloria

Brianna 7月26日、ブリアナは8歳になりました

Happy Birthday ‼ Brianna Gloria 

Brianna 平均寿命が8歳と言われていたので

Brianna 元気で8歳を迎えたことに乾杯 

ブリアナのおかげで、Lucy も、たくさんの方にお会いすることができました

Brianna K9ジャパン、8月は夏休みです


懐かしい、ブリアナの写真です

ブリーダーさんがいっぱい  写してくださっていました

Brianna 生まれたて まだ、しっぽがありますよ

Brianna ブリアナは、赤リボンちゃんなので・・・

Brianna この頃から、新聞大好き!?

Brianna 一人遊びも上手にできました

Brianna 大好きなアコ(Accord)ママと一緒に

Brianna ブリアナは、トミー(Tommy)パパ似

Brianna あずきお姉ちゃんとは、最後まで一緒に

Brianna あずきちゃんも元気で8歳になりました

Brianna 兄弟姉妹が巣立って一人になったよ

当時、東京に住む人間息子の用事で、ブリアナを我が家に迎えたのは、生後77日

体重は、10キロになっていました

でも、それは、1日でも長くアコママの愛情を受け

子煩悩のトミーパパに1日でも長く遊んでもらえたっていうことです


Brianna Lucy と、初めてのご対面

ブリアナは、一番に寄って来てくれました

ご縁があったのですね

あずきちゃん以外の兄弟姉妹の行方はわからないのですが

みんな元気でありますように祈っています

能天気な笑顔のブリアナには、毎日癒されています

まだまだ元気で、たくさん遊ぼうね ブリちゃんで大好きだよ 



最後まで読んでくださりありがとうございました 
[2019/08/07 22:29] | Brianna | トラックバック(0) | コメント(2) |
2019 GW 覚書 《長崎・絶景編》
出島 新しくできた表門橋側から出島に

眼鏡橋 眼鏡橋 付近には石の橋がいくつも

長崎市旧香港上海銀行 長崎支店記念館 旧 長崎市旧香港上海銀行

長崎市旧香港上海銀行 長崎支店記念館 向いは長崎港松が枝国際ターミナル

グラバー園 名前を知らない、いい香りの木

グラバー園 グラバー園にはバラがよく似合う

グラバー園から長崎港を眺望 長崎港を眺望 銅鑼の音が聞こえる

クイーンエリザベス号 この日はクイーンエリザベス号が

クイーンエリザベス号 汽笛が鳴り、船が出航

クイーンエリザベス号 船尾の旗が美しくたなびく

岬のマリア像 乗客も岬のマリア像が見えたかな

稲佐山展望台 稲佐山から軍艦島が見える

世界3大夜景 長崎 世界3大夜景・長崎を見る

大浦天主堂 日本最古の教会堂・大浦天主堂

田平天主堂 煉瓦造りの国宝・田平天主堂

田平天主堂 ステンドグラスが美しい・・ミサ中で入れない

宝亀教会 宝亀教会は、建築学的にも注目

紐差教会 小高い丘に建つ白亜の紐差教会

春日集落 隠れキリシタンの伝統文化・春日集落

平戸オランダ商館 大航海時代の平戸オランダ商館

オランダ塀 オランダ商館の遺構・オランダ塀

六角井戸 明の商人が作った六角井戸

大そてつ 豪商の庭に植えられた大そてつ

松浦史料博物館 松浦史料博物館 ここはお薦め!

平戸ザビエル記念教会 聖フランシスコ・ザビエル記念教会

寺院と教会が見える風景 寺院と教会が見える風景

平戸城 平戸城 天守閣はコンクリートで復元

大月大橋 平戸港交流広場から大月大橋を

塩俵の断崖 玄界灘の荒波に塩俵の断崖

大バエ灯台 切り立った断崖に立つ大バエ灯台

大バエ灯台 灯台の展望台から雄大な景色を

大自然あり、歴史と文化あり、美味しい物あり、楽しい旅行にでした

2019年GWの長崎ぶらり旅は、これでおしまい

主人の通訳が、長崎大学の出身だったらしく、先日、大連で長崎談義をしたらしい(笑)


梅雨が明けました いよいよ暑い夏になります

ブリアナは、7月26日で8歳になります

最後まで読んでくださりありがとうございました 

[2019/07/24 22:13] | ぶらり旅 | トラックバック(0) | コメント(0) |
2019 GW 覚書 《軍艦島・端島炭坑編》
今回の旅のメインイベント、軍艦島にいよいよ上陸です

軍艦島 軍艦島クルーズのはじまりです

松山から福岡までの短い時間の飛行機の中で、たまたまJALの機内誌が長崎特集で

長崎市内にある軍艦島デジタルミュージアムのことを知って

上陸の前日に訪れ、予習することができました (これは後ですごく良かった!)


軍艦島は、2015年、国際記念物遺跡会議(イコモス)により

軍艦島を構成遺産に含む「明治日本の産業革命遺産 製鉄・製鋼、造船、石炭産業」

として世界文化遺産に登録されました

軍艦島(端島)単体で登録されたわけではありません

長崎・山口・福岡・佐賀・熊本・鹿児島・岩手・静岡の8県23の資産によって構成されています

(山口県萩市の松下村塾や鹿児島県の旧集成館、福岡県の三池炭鉱、佐賀県の三重津海軍所跡など)

長崎では軍艦島のほかに、高島炭鉱や三菱長崎造船所、小菅修船場跡、

長崎造船所 旧木型場、旧グラバー住宅などが同時に登録されています

また、軍艦島は島全体の世界遺産登録ではなく、島の約2割ほど

登録された場所は、島の中心部、廃墟建物の地下にある明治時代の石炭の掘削坑

(大正・昭和にも別の掘削坑が開削されましたが、こちらは世界遺産ではありません)

残りの8割近くは「緩衝地帯(バッファーゾーン)」と呼ばれ、

世界遺産の核心部分を保護するため周囲に巡らされた区域

緩衝地帯は世界遺産ではなく、保護の義務が課されず、多くは崩壊したままです

また、廃墟と呼ばれる軍艦島の建物の大半は、大正・昭和時代に建てられたもの

1910年=明治のものではないため、世界遺産には登録されていません


20世紀、「黒のダイヤ」とまで呼ばれた石炭の役割は大きく

炭鉱は今日の日本を造り上げた一大資源産業でした

中でも軍艦島で産出される石炭は、瀝青炭の中でも最も火力が強い「強粘結炭」

燃焼力が強く、製鉄の際に必要なコークスの原料としても使われます

国内で最も質の高い石炭を出し、製鉄業に大きく貢献しました

強粘結炭は、石炭の中で最も高価で取引されるため

軍艦島へと人を集め続けた一因だったようです


端島炭坑(軍艦島) 元々は岩礁による小さな島であった

1893年以降、40年に渡って計6回の埋め立て・拡張された島

敷地の大半が鉱場であり居住地がとても狭かったため、人口が増えていく過程で

高層階のアパートが建設され、同時に、

居住地を増やすために実施された拡張工事は、最終的に約3倍もの面積に広がった

明治の後期には、既に現在の形にほぼ近い、半人工の島になった


軍艦島 上陸する前に、一番初め見えた軍艦島

65号棟は、1945〜58年築のRC10階、地下1階建て

物質が不足していた戦中に巨大なRC造の建物が建設できたのは

紛れもなく石炭産業が当時の国家から手厚い保護を受けていたんだね

軍艦島 島北部に建つ65号棟、通称「報国寮」

建築は北側の棟の地下と地上7階から始まり、1947年に9階まで増築

さらに、東側の棟、1958年に南側が10階に増築されて、コの字型のの島内最大規模が完成

建築不毛時代と言われる第二次世界大戦をはさんだ約10年間で建てられた貴重な建物

コの字型の建物は、島の住居棟のシンボル的存在でした

一戸分の居室用面積は、新旧ともにほぼ同じ

2Kタイプの間取りで、六畳・四畳半と広めの土間か、六畳二間に狭い土間の違いのみ


軍艦島 「ドルフィン桟橋」に無事接岸

「ドルフィン桟橋」とは、堤防がない沖合に杭を打ち込んで作られた係留施設

さらに波の上下、潮の干満に合わせてタラップが上下する日本初の構造を兼ね備えています

1954年完成の初代は1956年の大型台風9号で流出

1958年により強固に改造した二代目も翌年の台風14号で流出

これらの経験を元に、1962年に三代目が完成

桟橋は、見学コースの建設時に、桟橋の中央部分を階段状に削り

潮の干満に合わせて上陸する段を選択する構造に改造されています


軍艦島 まるで城壁のような岸壁を要する軍艦島

写真はドルフィン桟橋から徒歩すぐの、第一見学広場から見た迫力ある島の絶壁です

周囲を東シナ海に囲まれているため、台風などによる波の被害を頻繁に受けていました

明治初期には、台風で炭鉱施設や住宅がすべて流出することが繰り返されます

その都度島の経営体が変わるため、波の猛威は想像を絶するものでした

島民は、島を守るために島の拡張と合わせて、「岸壁」を築き上げます

明治時代に建造された、「天川工法」と呼ばれる伝統的な石組で組まれた護岸

コンクリートで補強されて現代まで使われていますが

波が激しいためコンクリートが度々剥がれ、補強工事が行われていました


第3見学広場からは、鉄筋構造のアパート群など、人々の暮らしを知る生活エリアが見えます

軍艦島 30号棟日本初の鉄筋コンクリート造アパート

人口が増え続けた軍艦島では、島で生活するために高層集合住宅が建設されました

軍艦島デジタルミュージアム 六畳一間に台所の1Kと、四畳一間の1K

軍艦島デジタルミュージアム かまど、流しの他に押入れと出窓しかなく

軍艦島デジタルミュージアム 風呂・トイレは、共同です

かなり窮屈な空間です

写真は、「軍艦島デジタルミュージアム」で写したものです

軍艦島(現在)の立ち入り禁止区域をVRで探索できる体験コンテンツもあります

上陸ツアーでは近づけない65号棟や端島神社などを立ち入り禁止区域をバーチャル散歩

まるでその場にいるような感覚で見ることができました

軍艦島では、石炭出炭量の増加に比例するように、島の人口も増えていきました

最盛期(1959年)には島内に5,259人が住み、人口密度は当時の東京都区部の9倍

この記録は今でも破られていません

軍艦島の面積は、0.063人km²なので、人口密度は83,600人/km²になります

さらに軍艦島は、島内のすべてが居住地域ではありません

島全体の約5分の2に相当する内海側の埋立地エリアは、完全に工業用地で使用

この部分を除くと、人口密度は14万人近くにもなります


炭鉱でのきつい労働とは対照的に、豊かだった軍艦島の暮らしでした

当時としては軍艦島の生活水準は高く、ほぼ全ての家庭にテレビが普及していたそうです

昭和30年代の家電ブームの時も、 島内にはいちはやく電化が進み

朝日新聞の記事によれば1958年には既に100%電化生活と伝えています

1959年当時の全国平均給与は29,000円、

「家電三種の神器」の白黒テレビ、電気洗濯機、電気冷蔵庫の普及率は

それぞれ、7.8%、20.2%、 2.8%

さらに、家電の当時の販売価格を調べると3万円~6万円ほど

当時の平均月収の1〜2カ月分に匹敵し、相当高価な買い物だったことがわかります

島はその殆どが三菱の所有物であり、住宅も基本的には社宅ないし寮だったため

家賃・水道・電気・風呂総て併せて10円、極めて恵まれた環境だったようです


軍艦島には墓所と火葬場はありませんでした

土地が狭い軍艦島では、建物が密集しているため葬煙が島内に回るのを避けて

火葬場は軍艦島から北方700mの中ノ島に造られました


最後に第2見学広場に向かいます

お話を聞いていて、ガイドの先生はここを一番知ってもらいたいたかったんだなと思いました

軍艦島 右側、ベルトコンベアー跡

軍艦島 レンガ造りの総合事務所跡

端島炭坑(軍艦島)は、高島炭坑の技術を引き継ぎ

三菱により本格的な近代炭坑として開発が進められた海底炭鉱です

炭層が島の真下にあったため、海面下1,010Mの坑道を掘削

炭層に沿って石炭を掘り進め、掘り出した石炭は巻上機で地上に運びます

軍艦島 ここから1分半で地下600Mに降り

さらに、そこから海面下1,010Mの採掘現場に向かいます

坑員は、気温30~36℃、湿度90%と暑く (体感はもっと不快だったでしょう)

かつ炭層が40~60度と急傾斜で機械の導入が難しい坑内で

多くの作業を人力でこなしました

8時間3交代24時間稼働し、軍艦島は夜も煌々と明るかったそうです

労働条件は悪く、メタンガスや粉塵による爆発事故・落盤などが炭鉱内で多発し

殉職者も出たようです

軍艦島 今も階段に残る真っ黒な足跡

何も知らないでただ行くと、ただの瓦礫の島ですが、

学習していくと、鉱脈よりも深い深い歴史と意味がありました

Lucy も、知らないことがいっぱいありました

軍艦島 厳しい自然環境だけど遺してほしい


それから、よりによって、長崎の軍艦島で、まさかの再会(笑)

数年前に転勤していった、前職でお世話になっていたMSさんとばったり

ご家族とご一緒で、お幸せのおすそ分けを頂戴した気分になりました 

最後まで読んでくださりありがとうございました 


[2019/07/15 14:08] | ぶらり旅 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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月と花とを語らいて


The story of Lucy's family

プロフィール

Lucy&Amber

Author:Lucy&Amber
  二人して月と花とを語らいて
  確たる道をはげみ征かなむ
             『こころの華』より

Lucy's family
Amber・・・Lucy の優しい旦那様
Lucy・・・・・私(けっこうおばちゃん)
Paddington・・・自慢の一人息子
Brianna・・・可愛いドーベルマン

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