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長崎の旅 『長崎ランタンフェスティバルの編』
いよいよ長嶝の旅・『長崎ランタンフェスティバルの編』です(笑)

2017 長崎ランタンフェスティバル 夕暮れになるとランタンの明かりが奇麗

2017 長崎ランタンフェスティバル 市内のいたるところでランタンが輝きだす

2017 長崎ランタンフェスティバル 小さな提灯から高さ10メートルのものまで

2017 長崎ランタンフェスティバル 中華街の玄武門(北門)から入った

2017 長崎ランタンフェスティバル 石畳の通りは、赤のランタンで飾られてる

2017 長崎ランタンフェスティバル 中秋節は黄色のランタンが飾られるそう

長崎ランタンフェスティバルは、もともと長崎新地中華街の人たちが街の振興のために

中国の旧正月(春節)を祝う行事「春節祭」として中華街の中で行われたもの

2017 長崎ランタンフェスティバル メイン会場・新地中華街(湊公園)に着いた

2017 長崎ランタンフェスティバル 龍や鳳凰、獅子など大小さまざま 

2017 長崎ランタンフェスティバル 中国の神様や動物たちまでさまざま 

2017 長崎ランタンフェスティバル ランタンオブジェの輝きは圧巻です 

ランタンフェスティバルの期間は、その年によって異なり、今年は1月28日~2月11日まで

春節(しゅんせつ)・・・中国にとってもっとも重要な祝日 旧暦の1月1日から

元宵節(げんしょうせつ)・・・旧暦の1月15日までの期間

昔、元宵節は、天の精霊が空を飛ぶのを見ることができると信じられていました

この夜、雲や霧が出ていても精霊を見つけやすいようにランタンを灯して

街を練り歩くお祭りが始まったそうです

2017 長崎ランタンフェスティバル 角煮まんじゅうや中華菓子の出店

2017 長崎ランタンフェスティバル 特設ステージで催し物をやってる

2017 長崎ランタンフェスティバル 中国雑技団のみなさん

2017 長崎ランタンフェスティバル 華麗な技から力強い技まで

2017 長崎ランタンフェスティバル 中国変面ショーは、中国国家一級秘密!

2017 長崎ランタンフェスティバル 一瞬で・・・こんなに近くで見てもわからない

2017 長崎ランタンフェスティバル おやおや可愛い中国獅子舞 

2017 長崎ランタンフェスティバル 一番小さい獅子舞の子は4歳なんだって!

2017 長崎ランタンフェスティバル 独特の打楽器で躍動感あふれるリズム

2017 長崎ランタンフェスティバル 物語つきのアクロバティックな踊りです

2017 長崎ランタンフェスティバル おやおや、可愛い楽隊が出てきました

2017 長崎ランタンフェスティバル 待ってました! こんどは龍踊りです!

2017 長崎ランタンフェスティバル 中国で五穀豊穣を祈る雨乞いの神事

2017 長崎ランタンフェスティバル 唐人服の龍衆が20メートルの龍を操り

2017 長崎ランタンフェスティバル 雲を呼び月を飲み込もうとします 

緑の龍は、十善寺龍踊会 ピンクの龍は、鶴鳴学園長崎女子高の龍踊り部です

3年生は最後の演舞だったようです  めざましテレビでも紹介されていました

銅鑼の音、チャルメラや鐘の音、迫力ある龍の舞、「もってこ~い もってこ~い」観客の声

雨が降るの?って思ってたら、雪がちらほら舞ってきました(笑)

長崎ランタンフェスティバル、面白かったっ~ 


2017 長崎ランタンフェスティバル、少しお楽しみいただけましたか?

最後まで読んでくださり、ありがとうございました                by Lucy
[2017/03/05 16:31] | ぶらり旅 | トラックバック(0) | コメント(0) |
長崎の旅 『長崎の中国文化編』
長崎の町をかなりてくてく歩いてみると、中国文化の影響を残す建物や町並みが残っている

長崎は、日本の最西端に位置し、中国大陸に近いという地理的優位性から

遣唐使の往来、御朱印船貿易、そして鎖国時代の中国人居留地に象徴されるように

古くから中国と日本の交流に大きな役割を果たしてきた


龍馬通りを下りてきた寺町通りにも、唐寺・黄檗宗東明山 興福寺(こうふくじ)があったよ

長崎 興福寺 国内最初の黄檗禅宗の唐寺(とうでら)

主として南京出身の船主らの寄付によって建てられたので「南京寺」とも呼ばれている

「長崎三福寺」(興福寺、福済寺、崇福寺)のひとつで

元和6年(1620)中国人がキリシタンでないことの証と

唐船の航海安全の神、媽祖(まそ)を祀る寺として創建された


グラバー園、浦上天主堂のすぐ近くには、長崎 孔子廟があったよ

長崎孔子廟は、明治26年(1893)中国清朝政府と華僑によって建造された

長崎 孔子廟 孔子の遺品を納め祀ったのが始まり

長崎 孔子廟 本格的な美しい中華建築様式

長崎 孔子廟 孔子廟の後ろには中国歴代博物館がある


長崎新地中華街は、横浜中華街、神戸南京町とともに日本三大中華街と称される

長崎新地中華街 青竜門(東門)から唐人屋敷跡へ

比較的布教が自由だった中国からのカトリック宣教師の潜入も懸念されたため

幕府は1688年に長崎に唐人屋敷を設けて、中国人を収容して密輸を取り締まった

唐人屋敷または唐館は長崎の中心部より南の町屋を取り除いて新たに造成され

約3万平方kmの広さ(出島の約2倍)があった

まわりを外壁で囲んで外界と遮断され、出島のオランダ商人と同じように隔離し

唐通詞といわれた通訳や役人、公認された商人と遊女以外の出入りは禁止された

長崎 唐人屋敷跡 天后堂 長崎 唐人屋敷跡 天后堂

長崎 唐人屋敷跡 天后堂 四本の赤いロウソクを手に・・・

唐人屋敷跡にある四堂(土神堂・福建会館天后堂・観音堂・天后堂)を全部を巡る

中国の昔からある、お正月にお堂を参拝し、赤いロウソクを灯し萬事安泰を祈願する行事

ロウソク祈願四堂巡りで赤い ロウソクをお供えすると願いが叶うと言われている

長崎 唐人屋敷跡 ネズミちゃんの可愛いランタン

長崎 唐人屋敷跡 福建会館  階段を登ると唐人屋敷跡・福建会館

長崎 唐人屋敷跡 福建会館  「胡弓の夕べ」演奏を聴いた

江戸時代の鎖国下でも長崎は対中貿易港として認められ

最盛時には約1万人の福建省出身者を中心とした中国人が長崎市中に住居した

当時の長崎の人口は7万人であったから、いかに華僑が多かったかがわかる

ちなみにオランダ船が来航していない期間に出島に住んでいたオランダ人は約15人程度

ポルトガル人によって開かれた町、長崎

その誕生から鎖国時代にかけての海外交流によって、この町は繁栄し

様々な文化を受け入れる大らかさと共に独特の文化が育まれていった


国の政策として、鎖国、キリシタン禁止、出島、唐人屋敷に中国人を収容、なんだけど

長崎の人々は、庶民の知恵として、異国の文化を受け入れ自らの文化としてきた

どこへ行っても、長崎の人々のコミュニケーション能力は凄いと感じた

ボランティアガイドさんは、黙っていても必ず声をかけてくださった

レストランのシェフも地図を見ていたらどこをお探しですか?って聞いてくださった

タクシーの運転手さんは、長崎の歴史、龍馬のことを熱く語ってくださった

ランタンフェスティバルの会場では、たまたま隣に座った地元の方が

まるでずっと前からの知り合いのように話しかけてくださり楽しい時間を過ごした


次回は、いよいよメインイベント『長崎ランタンフェスティバルの編』の予定(笑)

こうご期待(笑)

最後まで読んでくださり、ありがとうございました                 by Lucy
[2017/03/03 00:43] | ぶらり旅 | トラックバック(0) | コメント(0) |
長崎の旅 『グラバー園・大浦天主堂・オランダ坂編』
長崎から帰ってきて、もう2週間も経ったから記憶も段々薄れてきた(^^;けど

頑張って最後まで更新するぞぉ~ 

眼鏡橋から歩いて路面電車の賑橋駅まで行き、そこから終点石橋駅まで行き

グラバースカイロード(エレベーター)で、グラバー園の第2ゲートまで楽々行けました

まずは、旧三菱第2ドッグハウス(外国船の乗組員のための専用宿舎を移築)

ここからはハイカラな洋館がいっぱいなんですが、なんてこった!

昨日、カメラの充電をするのを忘れていた   なので、写真は最低限で 

長崎 グラバー園 ビルのような豪華客船が入港している

旧長崎高商表門衛所、旧長崎地方裁判所長官舎、旧ウォーカー住宅、旧自由亭、

旧リンガー住宅、旧オルト住宅、旧スチイル記念学校・・・オシャンティーな住宅を見学し

長崎 グラバー園 下って行くといよいよ見えてきた 

長崎 グラバー園 世界遺産・旧グラバー住宅

長崎 グラバー園 トーマス・ブレーク・グラバーさんのお家

長崎 グラバー園 ←よくわからないけど吹雪いているんだよ

長崎 グラバー園 そしてまた晴れる変なお天気です

安政の長崎開港と同時に来日したトーマス・ブレーク・グラバーが、文久3年に建設した

スコットランド出身で、造船、採炭、製茶貿易業を通して、日本の近代化に貢献

国産ビールの育ての親なんですって 

幕末激動の時代には、薩摩藩士らの英国留学を支援するなど若い志士たちに

多大な援助を惜しまなかったそうだ

グラバー園を出て、徒歩1分でもう一つの世界遺産・大浦天主堂に着きます

開国初期の元治元年、在留外国人のために建てられた既存する日本最古の木造教会

長崎 大浦天主堂 神様って、お年寄りにはちょっと厳しくない~? すごい石段

長崎 大浦天主堂 「信徒発見」を祝いフランスから贈られた「日本之聖母像」

長崎 大浦天主堂 原爆で主祭壇が破壊され修復された

少し歩いて長崎孔子廟に寄り、中国歴史博物館を見学し

長崎 オランダ坂 オランダ坂でコーヒータイム

東山手甲十三番館でいただいた、カステラアイスサンドとコーヒーは凄く美味しかったよ 


さあ、いよいよ長崎ランタンフェスティバル最終日を楽しむよ~ 

最後まで読んでくださり、ありがとうございました               by Lucy
[2017/02/26 23:27] | ぶらり旅 | トラックバック(0) | コメント(0) |
長崎の旅 『眼鏡橋周辺さるく編』
今回は、「さるく(まちをぶらぶら歩くという意味の長崎弁)」、長崎お散歩です

龍馬通りをトコトコ降りてきて、寺町通りを左に曲がるとお寺さんがいっぱい並んでいて

まさにお寺ロード、しばらく行って右に曲がると中島川に出た

長崎さるく 芊原橋(すすきはらばし) 川の両岸にランタン祭りの提灯見え

長崎さるく 中島川公園 芊原橋を渡り川沿いを眼鏡橋目指し

提灯の数がだんだん増えてきて、眼鏡橋が見えてきた 

長崎さるく 眼鏡橋 川の中にもランタンのオブジェが

長崎さるく 中島川遊歩道 女の子たちがあっちこっちで記念撮影

長崎さるく 眼鏡橋 ホントに眼鏡の形をいているね 

眼鏡橋は、国の重要文化財に指定されている日本最古の唐風石橋

長崎の町には、いっぱい隠れハート  があって

眼鏡橋の護岸にも「ハートストーン」があるんだって・・・たぶん左側の女の子のとこら辺に

そういえば、ちょうど12時、お腹もすいてきたねと眼鏡橋のすぐ脇のカフェに入って

長崎さるく 中島川周辺 オリジナルカレーセットをいただいた 

長崎さるく 中島川周辺 町中に大きなランタンが飾ってあって、夜になるとすごく奇麗だよ 

長崎さるく 中島川周辺 ランタンフェスティバルは今日が最後です

今日は、皇帝パレードがあるのだけど、これからグラバー園に向かうので見れそうにないなぁ

清朝時代のお正月に皇帝・皇后がそろって町中に出かけ、民衆と一緒に新しい年を祝う

その様子をイメージし、皇帝・皇后の御輿を中心に旗隊など総勢150名が中華衣装で歩く

今日の皇帝役は、日本人現役メジャーリーガーの川崎宗則選手

皇后役は長崎県新上五島町出身のフジテレビアナウンサー永尾亜子らしい

長崎さるく 皇帝パレードへ 中華衣装を着て集合場所に行くの?

長崎さるく 皇帝パレードへ ここが集合場所なのかな?

皇帝パレードは、2月4日(土)(皇帝役は武田鉄矢さん)と、2月11日(土)の2回だけ

見れないのがとても残念でした


さあ、次の行き先はこれぞ長崎の超王道スポット、世界遺産を見に行くよ!

この日は、長崎さるくってわけで、16,000歩は歩きましたよ~

最後まで読んでくださり、ありがとうございました              by Lucy

[2017/02/23 20:19] | ぶらり旅 | トラックバック(0) | コメント(2) |
長崎の旅 『龍馬エリア編』
2月11日、「今日はいっぱい歩くよ!」って、ホテルを出て長崎駅前南口バス停へ

電車と違って、風頭公園行のバスは30分に1本? さっき出ちゃった

しばらくバス停で待っていたけど、なんてったて今日は寒い

時間ももったいないからタクシーで風頭公園まで行きました

長崎 龍馬がゆく道 風頭公園 到着したときは、まるで雪国に来たみたい

長崎 龍馬がゆく道 坂本龍馬の銅像 公園から下がっていくと龍馬さんがいた

ここからは、長崎港と長崎市街が望め、龍馬さんもこんな風に見ていたのかな~

まだ誰も踏んでいない地面の雪に足跡をつけ、龍馬さんと同じポーズで写真を撮りました

長崎の龍馬さんは、高知・桂浜の龍馬さんより若くてイケメンだったよ(笑)

近くには、唐通事や上野彦馬(幕末から明治にかけて日本初の写真家)のお墓もあります

どんどん下っていくと若宮稲荷神社があるはずなんだが・・・あれれ 道を間違えた

また、来た道、坂道を登っていくと何とちっちゃな看板がありました

長崎 龍馬がゆく道 若宮稲荷神社 亀山社中の面々も訪れた神社

その向かいにある亀山社中資料展示場は、「亀山社中ば活かす会」の運営

長崎 龍馬がゆく道 亀山社中資料展示場 親近感と手作り感にあふれてる

長崎 龍馬がゆく道 散策の小径 今度は間違えないぞと小径を行くと

長崎 龍馬がゆく道 龍馬のぶーつ 小さなスペースに龍馬さんのぶーつが

長崎 龍馬がゆく道 亀山社中記念館 あったよ、亀山社中跡の記念館

亀山社中は、坂本龍馬が同志と組織した日本初のカンパニーという結社

のちに土佐藩の後援を得て、海援隊になる

この小さな小径にあった海運業を中心とした商業活動・・今でいう商社?・・から

薩長同盟を基軸とした倒幕運動は、時代を大きく動かしていくことになったんだね

なんか、超感動~ 

それから、新上五島に龍馬さんの祈りの像があることを初めて知った 

長崎 龍馬がゆく道 亀山社中記念館 龍馬さんもこの窓から海を見たかな

長崎 龍馬がゆく道 亀山社中記念館 龍馬さんもこの井戸の水を汲んだかな

亀山社中を後にして、「龍馬通り」と呼ばれる石階段の道を下っていくと寺町通りに出る

長崎 龍馬がゆく道 龍馬通り 上から降りてきて正解だったね

登っていく逆コースを歩いていたら、二人とも膝が大笑いしてギブアップだったかも(笑)

お天気も、回復しててよかったね

さあ、次の眼鏡橋まで、頑張って歩くよっ 頑張ろう 

長崎のぶらり旅、まだまだ続きます(笑)

最後まで読んでくださり、ありがとうございました                    by Lucy
[2017/02/22 23:27] | ぶらり旅 | トラックバック(0) | コメント(0) |
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月と花とを語らいて


The story of Lucy's family

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Lucy&Amber

Author:Lucy&Amber
こどもが成長し、
少し自由になった時間を、
ドーベルマンの Brianna と
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Paddington・・・一人息子
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